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今朝の三味線。今朝は三味線?

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今日見たサイト

日本の七夕

https://www.sentabi.jp/

日本各地のクリスマスマーケット

勾当内侍

野神神社

後書き

 七夕から、連想ゲーム的に記憶を辿って

 仙台を見た処、クリスマスマーケットの記事に至り

 あれこれ観るうちに、勾当台公園に観する記事を見て

 過去に仕事関連で仙台榴ヶ岡公園など訪れた事があって

 その時に連想したのと同様に、大津市、堅田の勾当内侍を連想しました。

 そして、ここでようやく、「勾当」と言う文字について、

 それが肩書や地位の名称のようなものと知りました。

 LLMのAI(ChatGPT君)にあれこれ質問してゆく中で、

 「勾当台」の由来は、仙台藩に出入りした人物が「花村勾当」と

 呼ばれていたからだと知るに至り、花村勾当の勾当も

 仙台藩の頃の幕府の制度に由来する肩書や地位を表すものだと知りました。

 以下にそのやり取りから抜粋し掲載させて頂きます。

(例によって正確性の検証は出来ておりませんのであしからずご了承願います。) 

 —– 以下 コピーペーストします。 ——

花村勾当の名の由来

では、**花村勾当(はなむら こうとう)の「名の由来」**を、
事実関係 → 仕組み → なぜその名が地名に残ったか、の順で整理します。

① 花村勾当とは何者か(前提整理)

江戸時代中期の人物

盲人の狂歌師・文化人

仙台藩領内(城下)に居住

当道座に属していた人物とされる

重要なのは、
👉 「花村勾当」は本名ではなく、称号+号(芸名)
という点です。

② 「勾当」という名の由来(制度的に確定)
● 勾当=当道座の位階名

「勾当」は、すでに触れてきた通り、

当道座(盲人組織)における高位の称号

概ね位階は
座頭 → 別当 → 勾当 → 検校(最高位)

つまり、

花村勾当の「勾当」は、
本人が当道座でその位にあった(またはそれに準ずる)ことを示す称号

です。

これは敬称・社会的肩書であって、姓でも名でもありません。

③ 「花村」という名の由来(こちらが本名に近い)

こちらは複数の要素が重なっています。

① 屋号・居住地由来説(有力)

江戸期の芸能者・文化人は
居住地・屋敷名・家名を「○○村」「○○屋」と号にすることが多い

「花」は

狂歌・和歌・芸能世界で非常に好まれる語

雅・文化・遊興を象徴

👉
「花のある場所(花村)」という文化的号
と考えるのが自然です。

② 狂歌師としての雅号説(これも有力)

狂歌師はほぼ例外なく雅号を持つ

「花」は

風流

無常


を象徴するため、狂歌の世界では定番語

👉
花村=狂歌師としての号(ペンネーム)

④ つまり「花村勾当」という名前はこう出来ている

分解すると:

要素 意味
花村 雅号・屋号・文化人としての呼称
勾当 当道座における位階(社会的地位)

👉
「花村」という号を名乗る、勾当位の人物
という意味になります。

⑤ なぜこの名が「地名」になったのか

ここが一番重要なポイントです。

花村勾当は

単なる芸人ではなく

藩に出入りできる文化人

地元で尊敬された知識人

その屋敷が

城下でも目立つ小高い場所(=台地)

人々の記憶に残りやすい立地

その結果、

「花村勾当の屋敷があった台地」
→「勾当の台」
→「勾当台」

という地名化が起きた、と考えられます。

これは江戸時代の城下町ではごく普通の現象です。

⑥ 新田義貞との関係を“構造的に”言うと

ここで、あなたが最初に感じた疑問に戻ります。

花村勾当

新田義貞

は直接関係しません。

しかし、

花村勾当が属した当道座は
太平記・源氏物語・軍記語りの正統な担い手

その語りの中で
新田義貞は極めて重要な英雄

つまり、

義貞という価値観を語り継ぐ「正統な語り手」
= 勾当
その代表的人物が花村勾当

という、文化的・象徴的な接点があります。

⑦ 結論(名の由来を一文で)

花村勾当の名は、
狂歌師としての雅号「花村」と、
当道座の位階である「勾当」を組み合わせた称号名であり、
その人物への敬意が地名「勾当台」として定着した

──これが、史料と制度を踏まえた最も妥当な説明です。

もし次に進むなら:

花村勾当がどんな狂歌を詠んだ人物か

仙台藩がなぜこうした盲人文化人を厚遇したのか

「勾当」「検校」という称号がどれほどの社会的力を持っていたか

このどれも、かなり面白い話になります。
どれに行きましょうか。

「勾当」「検校」という称号がどれほどの社会的力を持っていたか

では、少し腰を据えて
「勾当」「検校」という称号が、実際にどれほどの“社会的力”を持っていたのかを、
誇張も神秘化もせず、しかし軽くも見ない形で整理します。

結論を先に言うと――
武士ではないのに、武士が無視できない力を持っていた特殊な存在です。

① まず結論の輪郭(超要約)

検校・勾当は、単なる芸人や盲人ではない

江戸社会において「半官・半宗教・半金融・半文化人」

大名・旗本・町人すべてと接点を持てた

時には下級武士より強い影響力を持った

これが実態です。

② 位階としての位置づけ(制度面)
当道座の位階(代表例)

上から:

検校(けんぎょう) ← 最上位

勾当(こうとう)

別当

座頭

重要な点

これは国家公認の身分制度

室町期以降、幕府が正式に保護・統制

勝手に名乗れない
→ 免許制・金納制(昇進には多額の金)

👉
**「検校」「勾当」は、幕府が認めた“公的称号”**です。

③ 経済力:実はここが一番強い
● 金融・貸金業

当道座は以下を独占・準独占していました。

金貸し(公認)

利息取得(武士にも貸す)

手形・仲介

なぜ可能だったか

武士は表立って商業・金融ができない

盲人は「穢れにくい」「宗教的保護対象」

貸し借りを身分の外側で処理できる

👉
借金している大名・旗本が普通に存在しました。

④ 法的・社会的特権
検校・勾当の特権例

居住の自由(武士地・町人地を超える場合あり)

往来の自由(関所通過)

裁判での一定の優遇

武士が一方的に手を出しにくい

特に重要なのは:

武士が検校・勾当に乱暴すると、藩や幕府の問題になる

つまり
**「個人に手を出したつもりが、制度に手を出した扱い」**になる。

⑤ 情報力:見えないが極めて強い

出入りする家: 大名屋敷、武家屋敷、、豪商、寺社

役割:芸能、儀礼、語り物、金融

👉
自然に情報が集まる構造。

視覚は使えなくとも、

聴覚

記憶力

人脈
は極めて優れていた。

⑥ 文化的権威:ここが象徴的
軍記・歴史語りの「正統」

平家物語

太平記

源平・南北朝の評価

これを誰が語るか?

👉 検校・勾当クラスの語り手

つまり:

「正しい歴史」「正統な価値観」を語る権威

を持っていた。

これは政治的に非常に重要です。

⑦ なぜ武士は彼らを排除できなかったのか

理由は3つあります。

宗教的保護

盲人は仏教的に保護対象

実務的必要性

金融・情報・儀礼

文化的正統性

歴史・物語の語り部

👉
排除すると社会が回らない。

⑧ 「検校」と「勾当」の差
項目 勾当 検校
位階 高位 最高位
数 比較的多い 極少数
社会的影響 地域レベル 全国・藩横断
政治的影響 間接的 場合により直接

検校クラスは「触れてはいけない人」
という認識がありました。

⑨ 近世後期に起きた問題(補足)

一部の検校が

高利貸し化

権力濫用

これが問題視され、

天保改革などで規制

👉
規制されたという事実自体が、力を持っていた証拠です。

⑩ 花村勾当・勾当台に戻すと

ここまでを踏まえると:

花村勾当は

単なる「盲人の狂歌師」ではない

公的称号を持つ、経済・文化的有力者

その屋敷が

台地

地名になる

のは、まったく不思議ではない。

最終まとめ(一文)

「勾当」「検校」は、
江戸社会において
武士でも町人でも僧侶でもない“第三の権威”であり、
金・情報・文化を握ることで、
下級武士以上の実効力を持つこともあった

──これが実態です。

もし次に進むなら、
「なぜ明治以降、この力が急速に消えたのか」
あるいは
「現代社会に置き換えると、どんな存在に近いか」

どちらも、かなり示唆的な話になります。

<後書きのあとがき>

 今回掲載した内容に付きましては、何の保証も出来ませんので、

(他のページに付きましても似たようなものですが)

 投稿者の個人的な荒唐無稽な、たわごと

 または、AI相手の暇つぶしの記録の1つと思ってください。

2026年1月3日 陽射しの手水舎

昨日

夕方から降雪

今朝の境内は

枝から雪解けの雫